甲府地方裁判所 昭和23年(行)8号 判決
原告 内田正美
被告 山梨県知事
一、主 文
被告が、昭和二十二年十月十五日附買收令書の交付により、別紙第一目録記載の土地につき爲した農地買收処分のうち別紙第二目録記載の区域を除いた部分についてはこれを取り消す。
原告のその余の請求を棄却する。
訴訟費用はこれを三分し、その一を原告の負担とし、その二を被告の負担とする。
二、請求の趣旨
被告が別紙第一目録記載の土地につき、原告に対し昭和二十二年十月十五日附買收令書の交付によつて爲した農地買收処分を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。
三、事 実
原告訴訟代理人はその請求の原因として次のように述べた。すなわち、別紙第一目録記載の土地は原告の所有に属するものであるが、山梨縣東山梨郡松里村農地委員会は訴外西川徳寧の請求により、昭和二十二年七月十三日右土地のうち、別紙第二目録記載の部分はこれを自作農創設特別措置法第三條第一項第一号にいわゆる不在地主の所有する小作地であり、その余の部分は昭和二十二年法律第二百四十一号による改正前の同法附則第二項及び右同一法條により、昭和二十年十一月二十三日現在に遡及して同様不在地主の小作地であるという理由の下にこれを買收する計画を樹立した。しかし、原告はそのことを知らなかつたので買收計画に関する書類縱覧期間内にこれに対して異議申立をせず、從つて訴願もなさなかつたところ、訴外山梨縣農地委員会は右買收計画を承認し、被告は、これに基いて昭和二十二年十月十五日附買收令書によつて別紙第一目録記載の土地の買收処分を爲し、同令書は同年十二月二十五日原告に交付された。けれども、右買收処分には次のような違法がある。それは、別紙第一目録記載の土地は元來原告の所有地で、原告は以前からこれを訴外西川徳寧に賃貸して置いたところ、昭和十九年七月原告は同訴外人との合意によりその賃貸借契約を解除したが、同人は右土地のうちの第二目録記載の土地上には廐舍を建てゝ所有し、かつ、堆肥置場にも使用していたので、同人の懇請を容れ、その部分は、同人が他に入手して置いた土地に右廐舍を移轉するまでの期間改めてこれを賃貸することゝして該区域の土地三十七坪はその儘同人に使用せしめ、その余の部分はその頃返還を受けて爾來自ら耕作して來たものである。從つて第二目録記載の土地は松里村農地委員会が買收計画を樹立する以前から引続き廐舍の敷地や堆肥置場に使用されているのであつて、耕作の目的に供されているのではなく、又、爾余の部分は前述の如く原告が耕作しているのに前者はこれを農地として、後者はこれを併せて、昭和二十年十一月二十三日現在小作地であるという理由の下に爲した被告の本件買收処分は違法である。そこでこれが取消を求める爲本訴請求に及んだ次第である。
次いで、被告の本案前の抗弁に対し、原告が本訴において取消を求めているのは被告の爲した買收令書の交付によつて爲した買收処分であつて、松里村農地委員会の樹立した買收計画ではないから、異議申立及び訴願の裁決を経なくても訴を提起し得るものである。仮に異議申立及び訴願の手続を経なければならないものであるとしても、原告は買收計画の樹立につき何等の通知も受けなかつたのでそのことを知らずに異議申立期間を徒過し、從つて訴願も爲さなかつたのであるから訴願の裁決を経なかつたことについて正当な事由があると述べた。(立証省略)
被告指定代理人は、本案前の抗弁として、本件訴訟において原告が取消を求めている行政処分は被告の爲した別紙第一目録記載の土地に対する買收処分であるが、それは松里村農地委員会の樹立した右土地の買收計画を前提とし、かつ、これに基くものであるから該買收計画に対し異議の申立を爲し、かつ訴願に対する裁決を経た後でなければ本訴はこれを提起することは許されないのである。然るに原告は斯る手続を経ていないから本件訴は却下さるべきものであると述べ、原告の異議の申立及び訴願の手続を経なかつたことについて正当の事由があるとの主張事実を否認する、買收計画の樹立決定は通知を必要とするものでないのみならず、原告は本件買收計画樹立前自分は不在地主ではないと言つて村農地委員会に苦情を申出ており、原告が右計画樹立を知らない筈はないと附陳し、次で、本案につき、原告の請求を棄却するとの判決を求め、次のように答弁した。すなわち、原告主張の事実中、原告が訴外西川徳寧に賃貸していた別紙第一目録記載の土地の賃貸借をその主張の頃同人との合意により解除してそのうちの別紙第二目録記載の部分三十七坪のみを改めて賃貸し、爾余の部分はその主張の頃返還を受けて爾來自らこれを耕作しているとの点、別紙第二目録記載の土地が訴外松里村農地委員会において買收計画を樹立する以前から引き続き農地ではなかつたとの点及び原告が右買收計画の公告及びこれに関する書類の縱覧期間を知らなかつたとの点はいずれもこれを否認するがその余の事実は全部これを認める。原告は以前から山梨縣東山梨郡加納岩町に居住し、保險勧誘業を営んでいたので昭和七年頃から訴外西川徳寧に原告所有の別紙第一目録記載の土地を賃貸し、爾來右土地は引き続き同人の耕作するところとなつていた。ところが昭和二十一年になつてから原告は同人に対し強硬に本件土地の返還を迫り、同人が耕作地狹小の上本件土地以外は皆遠方にあるのでこれを返還するときは農業経営上支障を來すべきことを告げて、引き続き賃借したいと懇請するにかゝわらず、原告はこれを聽き容れず、若し返還せぬときは訴訟の手段に訴えても取り上げると脅して別紙第二目録記載の区域を除く部分を無理に同人から取上げてしまつた。そこで同人は、やむを得ず松里村農地委員会に別紙第一目録記載の土地を昭和二十年十一月二十三日現在に遡及し、不在地主の小作地として政府において買收せられたいとの請求をしたので、同農地委員会において調査したところ、別紙第一目録記載の土地のうち、第二目録記載の部分は現にその地上の一部には廐舍もあり、又、堆肥置場にも使用している小作地であり、その余の部分は昭和二十年十一月二十三日現在においては西川徳寧が耕作していたことが明かになつたので、原告主張の日、その主張のような農地買收計画を樹立して、昭和二十二年七月十五日これを公告し、同日から同月二十六日迄を書類縱覧期間と定めたが、原告はこれに対し異議申立をせず、かつ、訴願をも爲さなかつた。そこで、原告の主張するような手続を経て、被告は原告に主張の日、その主張のような買收令書を原告に交付することによつて前記土地の買收処分を爲したのであつて、右手続には何等の違法も存しないのであるから、これを理由とする原告の本訴請求は失当である。(立証省略)
四、理 由
まず被告の本案前の抗弁について考えてみるに、行政事件訴訟特例法第二條の法意はいわゆる抗告訴訟においては、取消又は変更を求める行政廳の処分に対し異議申立、訴願等が許されている場合、これに対する裁決を経た後でなければ訴を提起することができないものとしているに止まり、取消又は変更の対象たるべき行政処分自体については異議訴願の手続がないが、右行政処分をするについては、これに先行する他の行政処分を必要とし、かつ、これにつき異議申立及び訴願が許されている場合についてまで、右先行の行政処分に対する裁決がなければ、本來かゝる手続のない後の行政処分に対する取消変更の訴訟を提起することが許されないものと解すべきではない。このことは前示行政事件訴訟特例法第二條の文理上明白なところであるのみならず、又実質的に考えてみてもいやしくも当該行政処分に違法の点がある限り、これと別個の行政処分に関する事由を以てその救済を阻止することの理由はないのである。本件訴訟において、原告が違法であるとして取消を求める行政処分は別紙第一目録記載の土地について被告が買收令書の交付によりなした買收処分であつて、その前提となつている松里村農地委員会の樹立した農地買收計画ではない。たとえ、原告が本件買收処分について主張すると同様の瑕疵が右買收計画にもあつて、後者についてはもはやこれを理由としてその取消を求めることができなくなつているとしても、前者の行政処分がこのため違法でなくなるということもないのである。右買收計画に対し異議の申立及び訴願の手続を執らなかつたとしても、知事の買收処分に対する本訴提起を不適法とすべき理由はないので、爾余の点につき判断するまでもなく被告のこの点に関する主張は採用に値しない。そこで本案について判断することにする。
別紙第一目録記載の土地が從來原告の所有地であつたところ、山梨縣東山梨郡松里村農地委員会は訴外西川徳寧の請求により、昭和二十二年七月十三日、そのうちの第二目録記載の部分はこれを自作農創設特別措置法第三條第一項第一号にいわゆる不在地主の所有する小作地であり、その余の部分は昭和二十二年法律第二百四十一号による改正前の同法附則第二項及び右同一法條により、昭和二十年十一月二十三日現在に遡及して同様不在地主の所有する小作地であるという理由を以て、これを買收する計画を樹立し、訴外山梨縣農地委員会はこれを承認したので被告はこれに基き、昭和二十二年十月十五日附買收令書によつて前記土地の買收処分をすることとし、同年十二月二十五日右買收令書を原告に交付したことは当事者間に爭いがない。ところで、別紙第一目録記載の土地のうち、別紙第二目録記載の区域を除くその余の部分につき被告は当時右土地は訴外西川徳寧において賃借権に基き耕作していた小作地であると主張し原告は昭和二十年十一月二十三日当時自ら耕作していた自作地であると爭つているので先ずこの点について考えてみよう。
別紙第一目録記載の土地は以前から西川が原告から賃借して耕作していたものであることは当事者間に爭いがない。而うして証人鶴田国平、篠原多美子(第一、二回)、内田きくの、中村祐好、西川徳寧(第一、二回、但し、後記信用しない部分を除く)の各供述及び原告本人尋問の結果竝びに原告本人尋問の結果により眞正に成立したものと認める甲第一号証、前記内田きくのの証言により眞正に成立したものと認める同第二号証及び成立に爭いのない同第三号証を綜合すれば、原告は大正三年頃から右土地を他人に賃貸していたものであつて西川徳寧がこれを使用するようになつたのは昭和二、三年頃からで、始のうちは轉貸借に基いて使用していたが昭和十三年頃から原告より直接賃借し、年額十五円の小作料を支拂つて使用していたものである。そして、原告は同訴外人に昭和十九年七月頃前記土地全部の返還を求めたところ西川は右土地のうち別紙第二目録記載の区域を除くその余の部分は直にこれを返還するが、第二目録記載の土地上には廐舍一棟を建築所有しているからこれを他に移轉するまでの間右区域を引き続き使用させてくれとのことであつたので、原告もこれに應じ、その頃両者間に一旦右賃貸借契約を解除した上、第二目録記載の区域を除くその余の部分は直ちに返還するが、右第二目録記載の土地のみについては、改めて、地代を年額二十円と定め、当分の間これを同人に賃貸することの合意が成立し、原告は間もなく前者の返還を受けた上その一部は桑畑にして置き、残りの部分には蔬菜、豆類等を作り、自らこれを耕作していたことが認められる。尤も翌二十年三月頃原告の二女篠原多美子が東京都内にある嫁ぎ先の住家から松里村に疎開して來てからは、同女に草取りその他耕作物の手入れを爲さしめてその收獲物を與え、又、右土地のうちの一、二坪を訴外渡辺はま子の懇願により同女に耕作を許していたことがあることも窺われるが、前者の事実は單に篠原に原告の耕作の補助をさせたに止まり、又、後者の耕作関係は昭和二十年の夏頃には既に終了していたことが認められるから、結局昭和二十年十一月二十三日現在において右土地を適法に耕作していた者は原告であつて、西川徳寧ではなかつたものとせねばならない。右の認定に反する証人西川徳寧、小沢重隆及び岩波国利の各証言は前掲各証拠や更に成立に爭いのない甲第四号証と対比して、にわかに信用できないところのものである。
ところで被告は西川徳寧が原告に土地を返還したのは原告の強迫によるものであると主張しているが、この点に関する証人西川徳寧の証言はそのまゝに信用することはできないし、他にこれを認めるに足る証拠がないばかりでなく、單に土地の返還に應ぜぬときは訴訟の手段に訴えても該土地を取り上げるというが如きは法律上許された手段によつて、権利の保護を求めるというに帰し、それだけでは原告が前記土地を不法に取上げたものということはできないから右土地について樹立した松里村農地委員会の買收計画及びこれに基き被告のなした本件買收処分は、右原告が返還を受けた土地に関する限り、ともに違法であるといわなければならない。次に別紙第二目録記載の土地について被告は、松里村農地委員会が買收計画を樹立した昭和二十二年七月十三日当時から引き続き耕作の用に供されているものであると主張し、原告は廐舍の敷地や堆肥置場に使用されているのであつて、農地ではないと爭つているが、前掲西川徳寧の証言の一部及び原告本人尋問の結果を綜合すれば、右土地の使用状況はその略々中央部に西川徳寧の建築した約四坪の廐舍があり、これに堆肥置場に当てられている約九尺に四尺の「おだれ」がついていて、その附近に薪等も置いてあるが、その他は大根、蔬菜及び豆類等を栽培している耕作地であることが認められ、右の認定を左右するような証拠はない。從つて別紙第二目録記載の土地のうち右廐舍や堆肥置場の敷地に当てられている合計五坪余の区域を除くその余の部分はこれを農地というべきであるが、右五坪余の部分はこれを農地という訳には行かない。從つてこれをも含め、農地として樹立した松里村農地委員会の別紙第二目録記載の土地の買收計画は違法であり、從つて、これを基礎として爲した被告の買收処分も亦違法であるが、右土地の坪数が三十七坪であることは当事者間に爭いのないところであるのに、そのうち僅かに五坪余の非農地があるに過ぎないのであるから、特にその部分を買收から除外してもそれだけでは殆んど用を爲さず、しかも廐舍の如きものはその移動が極めて容易で、殊にその位置が土地の略々中央部に位し、かつ、その他の部分の耕作者である西川の所有に属するものであること等に鑑みると、かゝる場合、右廐舍の敷地に関する部分についてのみ被告の買收処分を取り消すが如きは農地改革の趣旨に照し、却つて公共の福祉に適合しないものというべきであり、行政事件訴訟特例法第十一條第一項により該部分についての買收処分を取り消さないことゝするを妥当とするので、結局この点についての原告の請求は理由がないことになる。よつて原告の請求は被告の爲した買收処分中別紙第一目録記載の土地から第二目録記載の区域を除いた部分については理由があるからこれを認容し、その余の部分についてはこれを棄却すべきものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九十二條を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 入山実 石田実 宮沢邦夫)
(目録省略)